フィクションを水槽内に描く

フィクションを水槽内に描く

 ネイチャーアクアリウムを作る際には実在する自然をモチーフにして制作を進めることがある。どの程度自然を再現するかは作り手によって異なる。特定の場所を再現するために使用する水草の種類をその地域に限定して作る人もいれば、世界中の水草を一つの水草に入れる人もいる。一般的なネイチャーアクアリウムでは後者のほうが圧倒的に多いだろう。産地にこだわるとその分使える水草の選択肢が狭まってしまうからだ。そのため多くの場合は産地ではなく、色や葉の形で水草の種類を選ぶ。このようにネイチャーアクアリウムは理想の風景を再現するために必要な色彩や構図を用いて制作する。

 しかしネイチャーアクアリウムに必ずしもモチーフとなる風景が実在するとは限らない。石や流木の形、質感から想像を膨らませて実在しない風景を描くことも多い。筆者もそのような架空の場所をテーマとした水景を作ることが多いが、存在しない風景を想像することはフィクションのストーリーを考えるような作業である。例えば、二つの同じくらいの大きさの石からは「夫婦」を連想したり、大きさの異なる石からは「親子」を連想する。このように頭の中で架空のストーリーを描きながら制作を進める。ときには単なる擬人化にとどまらず、それらの登場人物が実際に存在したらどんな展開になるだろうと妄想を膨らませることもある。その結果とんでもなくスケールの大きな物語ができあがることもあるが、それを実際に水草と流木で表現するのは至難の業である。今の自分の腕では頭の中にあるストーリーを水槽内に表現することは難しく、ときには水槽の前に何時間も座って考え込むこともある。

 石や流木を擬人化する癖は最近身についたものではないと思う。思い返してみれば幼少期から架空のストーリーを考えていた。当時自宅の和室には額縁に入った絵が飾ってあったのだが、扉を数センチ開けるとリビングの光の筋が絵にあたり、逆三角形の影ができる。筆者はこの影に名前をつけて遊んでいた。アクアリウムに出会う何年も前のことである。大きくなるにつれてこのような癖は薄れたが、ネイチャーアクアリウムを作る上では自分の作品に命を吹き込む作業が必要である。頭の中の物語を人に話したりどこかに書いたりしたことはないが、明確なストーリーを持って作った作品ほどSNSで発表した際に高い評価をいただいている。これからも表現者としていきいきとした作品を作れるよう子供のような心を持って生きてゆきたい。

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